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一工夫

2013.06.01 23:50|黒川陽子のフランス紀行
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レストランの看板です。
お子様メニューがお子様文字になっていて、可愛かった。
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シャンボール城

2013.06.01 21:36|黒川陽子のフランス紀行
1519年、レオナルド・ダ・ヴィンチの死を嘆いたフランソワ一世が作らせたというシャンボール城に行ってきました。
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豪華な室内装飾。
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城内には282の暖炉がありますが、それでも広すぎるお城を暖めきれなかったそうです。
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天井にはフランソワ一世の「F」と火の中に棲むというサラマンダーが彫刻されています。
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二重螺旋階段。
レオナルド・ダ・ヴィンチが生前「作りたい」と言っていたもので、昇る人と降りる人が絶対に顔を合わせない構造になっています。
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警備員の人たちが馬に乗っていました。
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可愛いお尻。
*
レオナルド・ダ・ヴィンチとマブダチだったという情報から、かなり年配のフランソワ一世を想像していたのですが、このお城を着工したとき、なんと24歳だったそうです。晩年のレオナルド・ダ・ヴィンチと会って「気が合うわー」と思い、居城や追悼の城まで作ってしまうフランソワ一世の甲斐性、恐るべしです。

アンボワーズ城

2013.06.01 16:38|黒川陽子のフランス紀行
ロワール地方にあるアンボワーズ城に来ました。

このお城は、かつて8人の王が城主となったのですが、そのうちの一人、フランソワ一世がイタリアからレオナルド・ダ・ヴィンチを呼び寄せたところ、大いに気が合い、この地に住居を作ってあげたそうです。
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レオナルド・ダヴィンチの彫像。
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大きな足。
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空を見ると飛行機雲がたくさん走っていました。
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モグラの穴。
*
レオナルド・ダ・ヴィンチはこの地で亡くなったということでした。

フランスの牛

2013.06.01 15:52|黒川陽子のフランス紀行
移動中に見た牧場の牛はことごとく牧草を食べていて、顔が地面に貼り付いているように見えます。

いっそ、こういう形の動物なのかとさえ思ってしまう。

「さすがフランス」という光景

2013.06.01 15:43|黒川陽子のフランス紀行
裁判所の入り口の階段でカップルがイチャついていた。

フランスのスーパーマーケット

2013.06.01 13:56|黒川陽子のフランス紀行

フランスのスーパーマーケットです。
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パン売り場です。フランスパンが売られていました。
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鮮魚売り場です。おじさんが量り売りをしていました。
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乳製品が充実しています。
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カボチャみたいな形をしたトマトを見つけました。
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証明写真の機械です。『アメリ』を観てから憧れていました。
*
レジの前にはベルトコンベアーのようなものがあり、カゴの中の商品を自分でそこに置くのでした。「地元の人」みたいな顔で平気なフリをしてそれを行ったら、レジのお兄さんに終始フランス語で話しかけられてキョドりました。
*
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日本人丸出しの商品を買ってみました。

運勢

2013.06.01 13:43|黒川陽子のフランス紀行
ドライブインで見つけた占いです。

てんびん座の私の運勢が書かれているはずなのですが、読めない・・・

カラフルな石鹸

2013.06.01 13:36|黒川陽子のフランス紀行
移動中に見つけたカラフルな石鹸です。
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アイスキャンディー風。
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色々なイラストが彫られたもの。
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モン・サン・ミッシェルが彫られてます。

モン・サン・ミッシェルに行ってきました。

2013.06.01 13:16|黒川陽子のフランス紀行
旅先で。
写真を撮るために携帯の充電は温存しておきたい。でも、移動中もブログを更新したい。そのために蓄電式の充電器を買っていったのに、事前に蓄電していかなかったため、早々に充電器の充電が切れるという「女子力以前」の障害によってブログの更新が途切れてすみません。

黒川です。

モン・サン・ミッシェルに行ってきました。
この島はある伝説の上に成り立っていて、8世紀初頭、司教オベールの夢に大天使ミカエル(サン・ミッシェル)が出てきて「修道院を建てよ」と告げたそうです。しかし、オベールはこれを天使のお告げだとは信じず、数回に渡って無視し続けたため、業を煮やしたミカエルがオベールの頭蓋骨に指を突っ込んで「修道院を建てよ」と言うに至って、オベールもついに天使のお告げと信じ、修道院を建てたそうです。
するとたちまち修道院の周囲に海水が満ちて、そこは孤島となったのでした。
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夜のモン・サン・ミッシェル。
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オベールの頭蓋骨に指を突っ込む大天使ミカエルのレリーフ。

その後、14~15世紀の百年戦争の際には、モン・サン・ミッシェルはフランス軍の要塞として使われました。
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要塞時代を忍ばせる堅牢な石造りの塀。
潮の満ち引きが、攻め込む側のイギリス軍にとって大きな障害となり、この要塞は一度も陥落しなかったといいます。
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イギリス軍が残していった大砲(※現在は待ち合わせ場所になっています)

さらに18世紀のフランス革命の際には、ここは監獄として利用され「海のバスチーユ」として怖れられました。
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囚人たちが働かされていた部屋の木の車輪。
この中に囚人が4、5人入り、何か重いものを持ち上げていたそうです。

そして19世紀、ナポレオン三世が監獄としての利用を終了させ、モン・サン・ミッシェルに再び修道僧たちが戻ってきたのでした。
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精緻なステンド・グラス。
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聖母子像。
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修道僧たちが瞑想した庭。

そんなわけで、様々な用途に利用されてきたモン・サン・ミッシェルはたびたび増改築を繰り返し、最初は平屋のシンプルな修道院だったのが、スマホばりの多機能施設に変身したのでした。
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モン・サン・ミッシェルを形作っている石。
数字が刻まれているのは、この石を運んできた労働者が自分の頑張りをアピールし、お給料をもらうためだったそうです。
8番さんが頑張っていました。

プーラールおばさんという人がいます。
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昔、モン・サン・ミッシェルにやってきた巡礼者たちに温かいものでお腹いっぱいになってもらうため、手作りのオムレツを振る舞っていたそうです。
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精進料理のため、卵とお水くらいしか使われていません。
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えらく泡立てることが特徴のオムレツで、中がメレンゲのようになっています。
味はほとんどなく、終始クリームを食べているような感じです。
表面はオムライスの皮に似ていました。
「よくこの形を保っていられるな」という驚きだけで、美味しく食べられました。

プーラールおばさんのお墓は、モン・サン・ミッシェルの中の墓地のいちばん目立つところに作られています。

ということで、驚異の島モン・サン・ミッシェルと、驚異のふわふわオムレツ、堪能いたしました
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劇作家女子会。

Author:劇作家女子会。
「死後に戯曲が残る劇作家」を目指す劇作家女子4人組。

メンバーは
坂本鈴(35歳)
オノマリコ(33歳)
黒川陽子(33歳)
モスクワカヌ(32歳)

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